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赤木雄
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なぜ私が医療AIの研究をするのか

患者さんから学んだこと。

白衣の手が、心電図の記録紙をシュレッダーに入れているところ。

46歳の男性が、COVID-19で入院してきました。来院した時点で中等度の呼吸困難があり、室内気での酸素飽和度は89%。すぐに経鼻カニューラで毎分3Lの酸素投与を始め1、デキサメタゾンとレムデシビル2も開始しました。同時にもう一人、彼の72歳の母親も運ばれてきました。息子さんより数日遅れて発熱と咳が出はじめ、彼女もCOVID-19と診断されました。家庭内感染です。糖尿病を長く患っていたため、重症化のリスクが高い方でした。彼女も入院となり、別の個室で毎分1Lの酸素投与が始まりました。

隣り合った二つの個室、512号室と513号室を、あいだの壁越しに見たところ。一方では男性が椅子に座り、もう一方では母親が車椅子に座って、背中合わせになっている。

息子さんの状態は安定していましたが、母親は急速に悪化しました。第3病日の胸部X線では、両肺にびまん性の浸潤影3が広がっていました。酸素飽和度を保つのに毎分10Lが必要な状態です。私たちのチームは集中治療チームとカンファレンスを開き、集中治療室(ICU)へ移すべきかどうかを話し合いました。当時はパンデミックの最中です。ICUはすでにほぼ満床で、病棟には重症の肺炎を抱えた患者さんや、これから悪化しそうな患者さんが他にもいました。時間をかけて議論し、ご本人の意向も確認したうえで、病棟で診ていくことに決めました。

翌日、私は息子さんの心電図(ECG)4を取りました。V2とV3の誘導5に、深く陰性化した二相性のT波が出ていました。Wellens症候群の典型的な所見です。心臓の前面に血液を送る主要な血管である左前下行枝に、高度の狭窄があることを意味します。この血管はいつ詰まってもおかしくなく、そうなれば助かる人はごくわずかな心筋梗塞を起こします。最初に頭に浮かんだのは、「これ、New England Journal of Medicine(NEJM)6のImages in Clinical Medicineで見たやつだ」ということでした。自分が何を見ているかは分かっていました。すぐに本人に伝えなければと思いました。手遅れになる前に循環器内科に診てもらい、治療につなげる必要があります。

心電図を印刷して、それを伝えるために病棟へ上がりました。ガウン、手袋、N95マスク、フェイスシールド。個人防護具を一式身につけます。印刷した紙は、汚染しないようクリアファイルに入れました。ノックしてドアを開けます。ところが、彼はいませんでした。感染対策のうえ、部屋の外に出られるはずがありません。どこへ行ったのか。

白衣を着た医師が暗い廊下に立ち、扉の窓から中をのぞいている。中では酸素を吸入した男性が車椅子に座り、母親のベッドの脇に付き添っている。頭上のモニターは80%を示している。

看護師に聞くと、母親の部屋にいるとのことでした。彼女の状態は急速に悪化していました。最大流量でも、酸素飽和度を90%に保つのがやっとです。その日の朝、チームでもう一度話し合い、ご本人とご家族の意向をあらためて伺っていました。COVID-19肺炎は、もう引き返せないところまで来ていました。緩和ケアに切り替えるしかありません。看護師たちが、母子で過ごす最後の時間を整えてくれていました。二人は入院するまで、何十年も一緒に暮らしてきた親子です。彼は母親のそばに座っていました。感染のおそれがあるため、他のご家族は誰も会うことができません。自分がうつしてしまったのかもしれない、というその思いを、彼はたった一人で抱えていたのかもしれません。

白衣の手が、心電図の記録紙をシュレッダーに入れているところ。奥には病棟の廊下が伸びている。

あの瞬間の彼にとって、冠動脈の狭窄も、心筋梗塞のリスクも、そんなことはどうでもよかったはずです。今になって、心電図の所見を口に出す前に思いとどまれて本当によかったと思います。私は病棟のナースステーションでその紙をシュレッダーにかけ、二人をそっとしておきました。自分が「診療する機械」になりかけている。そう気づいたのが、この時でした。患者の状態を分析するのは、もちろん医師の務めです。私がしたこと自体は間違っていません。ただ問題は、母親の隣に座る彼を見るまで、彼の頭の中に何があったのかを私がまったく想像していなかったことです。データばかりを見ていて、彼にとって本当に大切なものが見えなくなっていました。

医師は患者のデータを読むことを求められますが、その量は一人の頭に収まる範囲を超えていることが少なくありません。毎日、新しい患者さんが急性の問題を抱えてやってきます。多くは、いくつもの慢性疾患を抱えたうえでの発症です。その一人ひとりについて、心電図、数十項目にわたる検査結果、思いがけない偶発腫瘍が紛れているかもしれない数百枚のCT画像、そして何年分もの経過が書き込まれた電子カルテの膨大な文章を、一つも見落とさずに読むことが前提とされています。それを来る日も来る日も続けていると、できるだけ正確にデータを処理し分析するよう、自分自身が訓練されていきます。機械学習モデルを訓練するのと、ほとんど同じことです。

機械になる必要はありません。その仕事を手伝ってくれる機械が、もう手元にあります。AIは人間の書いた文章や画像を、さらには音声や動画までも理解できるところまで来ていて、文章を書く、コードを書く、デザインをするといった、日常の仕事から専門的な仕事までこなせるようになりました。臨床医学で人を圧倒しているのは、医師が受け取ることを求められるデータの量そのものです。データを処理し分析することは、まさにAIが得意とするところです。論文を読む速さひとつとっても、人間の比ではありません。その負担の一部をAIに担ってもらうべきかどうか、そろそろ真剣に考えてもいい時期ではないでしょうか。医師が、医療の一番大事な部分を忘れずにいられるように。私はそのためにこの分野へ移りました。

Footnotes

  1. 酸素投与: 血液中の酸素が不足している患者さんに酸素を投与すること。毎分1〜3Lは一般に低流量とされ、毎分10Lはマスクで送れる量のほぼ上限にあたります。

  2. デキサメタゾンとレムデシビル: COVID-19の治療に使われる薬です。当時、COVID-19肺炎で入院した患者さんに対する標準的な治療でした。

  3. 浸潤影: 肺野に見られる異常な影を指す放射線科の用語。肺炎などの肺の病変を示していることが多いものです。

  4. 心電図(ECG): 心臓の電気的な活動を記録し、心臓の異常を調べる検査。医療で最もよく使われる検査の一つです。

  5. V2・V3誘導のT波: T波は、心臓が収縮した直後に現れる波形です。V2とV3は、心電図が記録する12の視点のうち、心臓の前壁を見ている2つにあたります。

  6. New England Journal of Medicine: 非常に有名な医学雑誌で、医学の分野では最も権威のあるものの一つ。医師ならまず誰でも知っています。